人(子ども、社員)を育てる思考力

テストで0点を取った自分でも、1,300冊の本から考える力が貰えた

決まり事は何処まで従うべきか?

法治国家ならば・・・

 

 近年、副業を推奨するひとが増えて来ましたね。そこには国がそれを促す流れもあるので大っぴらにしていなかったひとも、声に出して云える雰囲気になっている。ほんの10年ほど前であれば、正社員が副業をするということは会社としても認めていなかった。

 会社の規則によってそれを抑止する文章もあったことでしょう。しかしながら日本は曲がりなりにも法治国家です。(それなのに法に関わる人間が法を破っても処分が軽いのは自分達で首を絞めていることに気づいてないのかね!?)なので、会社の規則よりも社会(国)の法の方が強い。法律で禁止されていない限り会社の規則は行動を自粛するのと同じく、相手に頼るしかないこと。

 

 では、いままでそれが出来なかったのはなぜでしょう。

 戦後多くの仕事は個人商店や自営業でした。しかし都市の復興に際して大きな資本と大量の職人、その他の営業職が必要になっていった。それにより人材の取り合いになり、そんな人材を取り込むために優遇政策を取る会社が出てくる。

 医療費や年金、その他の社会福祉の肩代わりなど個人で仕事をするよりも良い条件などを示してきた。それは当たり前の権利ではなく、時の経営者と働くひと達が勝ち取ってきたモノ。

 

 その代わりに副業をする必要のない稼ぎを与え、それに答えるだけの努力を返してきた。

f:id:E-SHAO:20191022231631p:plain

 時代は巡る

 

 10数年前に銀行の再編がありました。それはバブル崩壊の後始末を長引かせた結果、ひとりで立つことが出来ない会社を吸収合併して、長ったらしい名前の銀行が乱立した。それは初めての出来事ではなく、明治、大正と幾度もあったことをなぞっているだけ。

 景気が良い場所には銀行ができ、ひとが集まり、それに関わる業態が集う。

 

 昔でいえばニシン漁で潤っていた地域や、黒いダイヤといわれた炭鉱町と同じ。

 そこで生まれる商品を他の地域で買い取ることにより、その地域は潤うことになる。それを世界という規模でおこなっているのが「対〇〇貿易」というモノになる。

 

 そこにもお互いに決まり事があり、それを維持することが当初の目論見となる。しかし、それも時と共に各国の状況が変わることで当初の決まり事が邪魔になる。だから国家間の約束ごとは歴史を振り返れば必ず破られてきた。

 約束事はある時期、ある期間、あるひと同士で守られるもので、ひとが変わり、時代が変わり、状況が変われば約束事の効力が弱まるのもおかしな事ではない。

 

 自分の子どもであったとしても、いずれはひとの親となるように、状況は年と共に変化してあの頃とは違っていることを受け入れるしかない。

f:id:E-SHAO:20191006214444p:plain

 モノを考える時は

 ひととしての心情で考えるか、科学的なアプローチである客観的な事実で捉えるか?それで全く違う答えが出ることもある。

 心情で考えることはなにも難しくない。あったことに対して感情で好き、嫌いなど子どもでも出来る分け方をすればいい。しかしながら客観的な見方は難しい。そこには感情を絡めずに出来事を切り分けて見つめる。そこに良いも悪いも挟めない。だからこそ冷静(時に冷淡)な判断が求められる。

 

 その為には悪い自分になると良いかも知れません。物語りでもドラマでもひとでなしは冷淡な判断をします。それを見たひとは彼(彼女)を悪だと判断しますね。

 

 決まり事に出会ったとき、それについて普通に考える自分に対して、悪い自分がどんな判断をするか?それを覆すだけの言葉を発することができるか?

 そんな脳内会議をすることで、決まり事に向き合うといままでと違う自分の気持ちに気づくかも知れませんね。

 

 

 最後まで

 読んでいただき有難うございます。

 

 これからよろしくお願いします。