人(子ども、社員)を育てる思考力

テストで0点を取った自分でも、1,300冊の本から考える力が貰えた

見ること、便利なことの中で踊る

見て比べて落ち込んで・・・

 

 ネットが普及してきて何年経ったでしょう?

 わたしがネットに触れ出したのは

 Win95が出てからでした。

 

 それからでも25年ほど。

 現在は、その頃の状況と比べると

 とても貧弱なものでしたが、

 それが無ければ

 Facebookもインスタも

 TwitterYouTube

 その他のサービスも生まれなかった。

 

 ひとが新しい商品や

 サービスなどを思いつくのは

 その状況に不便を感じるからこそ!

 

 現在に満足して

 それを変えることに興味を抱かなければ

 新たな発見も変化もサービスも始まらない。

 

 あとは

 それをいかに有効利用できるか?

 それはそのサービスなどを使うひとに委ねられている。

 

 あなたは使う側ですか?

 それとも

 使われている側ですか?

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 使っているようで使われている?

 

 FBなどのSNS疲れで

 使っていないひともいる。

 

 ネットは便利ですが、

 代わりに暇な時間、

 深く考える時間、

 こころを落ち着かせる時間を失っている。

 

 また、

 見て分かることには

 ひとがはまってしまう罠がある。

 

 それは自分と自分以外を比べてしまうこと!

 それによって

 自分が良い目にあうことは無い。

 

 食べ物の写真や旅行の写真。

 勝ち組のように感じるものを見れば

 ひとはそれが羨ましく思うもの。

 

 そこへ自分も行こうと

 奮い立つのであれば

 有効であると云える。

 

 しかし、

 ネットの世界で一番協力なのは

 足を引っ張ること。

 匿名で意見を言う場合は

 匿名でしか言えないことを言っている。

 

 それによって

 自身がマイナスの感情に陥れば

 使わないほうが幸せに成れるというものです。

 

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道具は使うもの

 

 便利だから使うのは

 ひととして当たり前の判断の仕方。

 

 大切なのは想像すること!

 

 写真とはよくできた言葉で、

 真(まこと)を写(うつ)す

 と書く。

 

 それはその瞬間を写し出すもので

 そこには時間の流れがない。

 

 その写真に至るまでの過去も

 その写真の後の未来も

 そこには写し出されない。

 

 そしてひとはその時のことしか覚えない。 

 その後どうなったか?

 そんなことに気持ちは行かない。

 

 だから

 目指したことを達成すると

 どうすればいいかが分からなくなる。

(それを維持することの難しさを知る)

 

 自分にとって

 何が道具で、

 何のために使うのか(おこなうのか)?

 

 そんなことから見直せば

 違う自分に氣づくと思いますよ。

 

 

 最後まで

 読んでいただき有難うございます。

 

 これからよろしくお願いします。