人(子ども、社員)を育てる思考力

テストで0点を取った自分でも、1,300冊の本から考える力が貰えた

あなたは器である

許容量と質を上げる

 

 ひとを器に例えて表現することがあります。

 歴史小説や物語りの中では

 それこそがひとを決める計りであり

 物語りの重要な位置に使われる。

 

 実際の器についても考えてみましょう。

 

 ワイングラスにはワインを入れる。

 シャパングラスにはシャパンを入れる。

 ぐい呑みには酒(清酒)を入れる。

 主にお酒の入れ物で表現されていますが、

 歴史から見ても

 お酒は神に捧げられてきた供物であった。

 そのために器は作られた。

 

 漢字には器を表す文字がいくつもあります。

 それだけ重要だということです。

 

 ひとを評価するのに

 数値ではなく、

 器で表していた昔のひとのほうが

 現代人よりもよくひとを見ていたでしょうね!

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 剣の本質は柄と鞘にある

 

 過去の多くの武器は

 抜き身で存在することはできませんでした。

 それを納める鞘(さや)があり

 武器に繋がる柄(つか)があった。

 

 それが槍であっても同じこと。

 

 それらの武器も

 使用者によって結果は変わり

 影響力も変わる。

 

 剣のことを刀身(とうしん)といいます。

 

 その刀身は

 柄と鞘に納まっている限り

 見ることはありません。

 

 ひとの本質も

 同じように知るべきときにしか

 知れないものです。

 

 わたしたちに出来ることは

 知識と振る舞いで

 柄と鞘をつくり、

 その生き方で

 刀身を磨き上げること。

 

 武道的な表現をすれば

 こんなふうになる。

 なぜなら

 言葉というのは不安定で

 同じ色を表現したつもりでも

 それすら共通させることができない。

 

 だからこそ

 見て分かるものに頼って

 それを軸に言葉を紡ぐ。

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ひとは何も知らない 

 

 ひとが生まれたとき

 何も知らない。

 言葉も知識も身体の使い方すら

 いちから知って使いこなすことになる。

 

 そこに習得するスピードの違いで

 優れたひとが目に付くことになる。

 

 もしも

 過去の記憶や経験を携えて

 生まれることができたら?

 なんて考えたことがあるかも知れません。

 

 それが実現したら

 いまの自分が自分であるという

 アイデンティティーは揺らぐことでしょう。

 自分で成したことがある

 だからこそそれが自分という核をつくり

 自信という不確実でありながら

 存在を否定できないものを作り出している。

 

 わたし達が見る事ができるのは

 どんな刀身があるか分からない

 柄と鞘のみです。

 その刀身(そのひと自身)を知るためには

 話をして

 関わりをつくり

 交わることで

 少し見ることができる。

 

 自分が目指す者になるために

 まずは見えるところから

 作り込みましょう。

 中身が竹光でも

 こしらえが素晴らしければ

 周りはそれに反応するものです。

 

 全てが揃ってから動き出していては

 いつまでたっても動くことはできない。

 走りながら整えていく。

 

 まずは一歩!

 歩き出して生きましょう。

 

 

 最後まで

 読んでいただき有難うございます。

 

 これからよろしくお願いします。