人(子ども、社員)を育てる思考力

テストで0点を取った自分でも、1,300冊の本から考える力が貰えた

教師に憧れる前に考えること

教えることは特別ではない

 

 ひと(集団)が生きるためには教える側が必要になる。

 

 それは誰かが決めることではなく、

 するべきひとを求められる。

 

 現在、教師になるひとが減ってきています。

 ほんの数年前までは、

 教師になりたくても、

 その枠が無く、諦めていたひとがいました。

 

 しかし現在は

 その教師になれても

 仕事とプライベートの両立は難しく、

 そこから離れるひとが多い。

 

 これまでの教育現場で対処してきたこと

 それは教師個人の努力によることが

 多かったのかもしれません。

 

 お金を払っているのだから!

 そんな思いを教師に持っているひとがいるのかもしれません。

 それならば、金額としてぜんぜん足りません!!

 

 求めることが多かったり、高度なことだと

 対価とは云いませんが払う量も増えてしまう。

 

 しかし教育とは

 サービス業とは違うことを知っているひとは少ない。

 

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 教師の役割に立ち返る

 

 洋の東西を問わず師(教師や教える側)とは

 「知りたいという」欲求に対する答えるを

 与える、またはそのための地力を引き出す。

 

 そんなふうに求めに応じるためにいる。

 しかし、それを決めるのは教える側。

 

 誰に教え、どのように教えるか?

 

 それは教えられる側には無い権利。

 

 武道では

 教えること、

 教えるひと、

 それを師が選ぶ!

 教えるべきひとに教え、

 教えすぎず、かつひとの選別をする!

 

 では、いまの教師はどんなことを教えているか?

 

 教える教科と

 催し物に会議、

 テストの採点に生徒の人間関係・・・。

 

 どこまで教師に求めるのか?

 

 これからのことを考えてみましょう!!

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学校の役割とは!? 

 

 日本のように

 教師に多くのことを求めている国は少ないと思います。

 

 そして

 わたしたちは自分の経験で考え同じこと以上を求める。

 

 自分がこどものこれは!?

 あのこれは!

 この商品はあの頃は安かった!!

 などなど、

 過去を参照することが基本的な思考法。

 

 だから自分の変える、変わるということに

 抵抗感を感じて変えられない。

 

 では、学校はこれからどうなるのか?

 (あくまでも可能性のはなし)

 

 教師は教えることが基本。

 教える内容と

 どうすれば理解して考えられるか?

 それを磨いてもらう。

 

 それ以外の

 行事やテスト作成は外注になる。

 もしくは行わない!

 

 躾はどうするの?

 と思うひとがいると思います。

 それは家庭でおこなうこと!

 

 スポーツクラブや武道教室で

 礼儀作法や躾を求めても、

 それはその場だけのはなし。

 

 先生を敬っても、

 その場(尊敬されている)にいない親などに対して

 同じ対応するはずがない。

 

 これからの教師の役割と

 こどもを育てている親の役割は

 大きく変わることになると思います。

 

 どのように変わっても、

 こどもはあなたの庇護が必要であることには変わりない!

 

 こどもがどれだけ年を重ねても

 あなたにとってはこどもであることは変わらないのだからね!!

 

 

 最後まで

 読んでいただき有難うございます。

 

 これからよろしくお願いします。