人(子ども、社員)を育てる思考力

テストで0点を取った自分でも、1,300冊の本から考える力が貰えた

テストの役目

テストの役目は確認作業

 

 テストというと

 学校の中間期末テスト。

 または中学、高校、大学入試を思い受かべると思います。

 

 しかし、社会人になると

 資格試験か稼働テストやテスト運転など。

 

 資格試験意外は

 設計通りに動くか?

 思う通りの結果になるか?

 という確認作業。

 

 本来は学校のテストも

 自分が何ができて、何ができていないか?

 それを知ることで、

 その後の勉強の方向性を知ることになる。

 

 テストのための勉強。

 それは本末転倒のように思えます。

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 資格や肩書きは目安

 

 有名大学を卒業しても

 その後の人生はいろいろです。

 

 アメリカで成功しているひとの中には

 大学生の時に起業し

 大学を休学して事業が安定してから

 卒業したひともいる。

 

 武道の世界には

 いろいろな武道の段を集めるひとがいます。

 合計何段!

 

 なんの意味もありません。

 

 実力があるひとなら

 相対しただけで、

 それなりの雰囲気を感じ取れるので

 数字はただの目安にしかならない。

 

 役職や資格を持っている 

 ということで有効なのは

 こちらがあまり考えないでいいだけ。

 

 ひとを評価するのは

 時間と思考を使う。

 

 でも、彼(彼女)はこの学校を卒業して、

 この企業に所属して・・・。

 というふうに

 型にはまっていれば

 各個人を評価する必要がなくなる。
 (社会的評価)

 

 それが少しずつ個人的評価に移行してきている。

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数字で評価できることは限定的

 

 ひとの良さは数値で表されるモノと、

 そうでないものがある。

 

 たとえば

 クレジットカードを

 持っていても使わないひとよりも

 カードを使ってちゃんと返済しているひと。

 

 個人的評価は後者の方が高くなる。

 なぜならそれは数値として記録できるから。

 

 なぜ、ひとは数字に頼るか?

 

 それは数字という誰かの評価を使うことで、

 自分で判断しないですむ。

 そしてそのひとの見えない部分の「見える化」にもなる!

 

 

 大衆は理解力は非常に小さいが、

 忘却力は非常に大きい。

 と言ったひとがいます。

 

 知っていても、つい忘れてしまう。

 専門家でもおちいることです。

 

 一般のひとがそれに抗うのは難しいでしょう。

 

 それでも、

 それを意識しておかないと

 結果的に自分自身が損をすることになる。

 

 そのためにテストがある。

 

 テストは変化するためのチャンス。

 テストのための勉強ではなく、

 いまの自分自身を知る手段として使って欲しいですね!

 

 

 最後まで

 読んでいただき有難うございます。

 

 これからよろしくお願いします。