人(子ども、社員)を育てる思考力

テストで0点を取った自分でも、1,300冊の本から考える力が貰えた

ロンブー、田村敦さんが慶応大学院で学こと

人材不足は起こって当たり前

 経済の話は生きて行く上で避けては通れない話。

 

 自分の給与、収入に関係あるからね!

 

 ひとつの仕事を若いうちから

 働けなくなるまで続けることができる

 のは希な話。

 

 伝統工芸なども

 それを求めるひとがいなければ

 いつかは廃れてしまう。

 

 飲食でも

 いくら人気があり、お客さんが来ていたも

 値上げした途端客足が鈍ってしまう。

 なんてことはよくあります。

 

 完全に

 その味はこの価格

 と認識してしまっているので

 それが変わることを受け入れられない!

 

 実質的な金額では数十円の値上げでも

 心理的な負荷にひとは弱いみたいですね。

 

 そして人材が不足している

 なんて話も働いているひとを「数字」として見ている錯覚。

 

 20代で働き始めたひとは

 20年後には40代になる。

 当たり前の話。

 

 では、40代のひとが20年経つとどうなる?

 もちろん60代ですよね!

 

 でも数字は働いているひとの

 年齢や体力や健康度合いは考慮しない。

 

 ニュースなどではそんなことは扱わない。

 伝える方も悪気があるわけではない。

 

 ただ単に、真面目に伝えているだけ!

 (深く考えてないから言えるのでしょうね!)

www.huffingtonpost.jp

 経済成長を望むならこんな事も考えられる

 国として日本のように皆保険や

 生活保護、年金制度(程度が低いですが)が

 機能している国は多くない。

 

 これらも高度成長期に考案して実現した制度。

 それも環境、状況が変わっているから

 これから存続できるか??

 

 つまり変わらないものは無いよ!

 て、はなし。

 

 スイスでは尊前死が認められている。

 ただし、ちゃんと審査があるので

 だれでもOKという訳ではない。

 

 インドでは「死を待つ家」がある。

 こっちは最後は人間らしく死を迎えるための場所。

 

 どちらも最後をどのように迎えるか?

 という自分自身の話。

 もちろん近親者はそれに反対することもある。

 

 「死」は本人だけではなく、

 残されるひとの覚悟も求められる。

 

 日本でも医療ツーリズム(メディカルツーリズム)

 を押していく流れがあります。

 ならば、

 最後を迎える場所を提供してはどうか?

 

 経済とは他と違うことをすること、

 求められていることを行うこと、

 それが一番支持される!

 

 たぶん、大反対が起こるでしょう。

 しかし、同じだけの支持もあると思います。

 

 特に最後までひとに迷惑をかけてくない!

 という思いを持っているひとがいる限り。

 

 いまのあなたはどう考えますか?

 

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死を考えることで幸せが見えてくる

 尊厳死を肯定するひとの考え、

 尊厳死を否定するひとの思い、

 どちらも理解でます。

 

 肯定するのはこれから死を迎えるひと

 否定するのは残されるひと

 

 多くはそうだと思います。

 

 私たちの身近に死をみることも

 それを隠す、忌み嫌うことで

 考えることを奪っている。

 

 誰でも平等に経験することなのにね!

 

 どうせ考えることは

 生きてるうちしか出来ないこと。

 

 自分自身の死と近親者の死の違いを

 考えてみることをオススメします!

 

 

 最後まで

 読んでいただき有難うございます。

 これからよろしくお願いします。