人(子ども、社員)を育てる思考力

テストで0点を取った自分でも、1,300冊の本から考える力が貰えた

減りゆく祭り

聖と俗の融合

 夏休みも終わり

 子ども達が学校に行き出すと

 夏の終わりを感じます。

 

 ここ数年、各地の祭りの存続が危ぶまれています。

 

 福岡市内の大濠公園で行われていた

 花火大会は今年から無くなりました。

 

 北九州市でも

 中心部で行われていた

 祭りのフィナーレの花火は別の場所に移動。

 

 四国の阿波踊り
 資金難と台風の影響で今年は赤字。

 

 天候による中止はいたしかたないが、

 祭り会場のマナーの悪さ、

 その前後の交通渋滞

 ゴミ問題で無くなるのはやるせないですね。

 

 ゴミ問題は

 結果的にゴミが出るモノを売っているのだから

 最初に対応策を考えるべきこと。

 それを長年放置していた結果がいま注目されている!

 

 祭りとは

 本来は神事にひとつです。

 しかしそこには聖と俗が表裏一体としてあるもの。

f:id:E-SHAO:20190903170725p:plain

 ひとはエネルギーに満ちている

 祭りは五穀豊穣や国の安泰を祈るもの。

 しかし、同時に日々の鬱憤(うっぷん)や

 モヤモヤした気持ちを晴らすためにもある。

 

 聖の部分

 祈りや厳かな部分と

 俗な部分

 喧嘩祭といわれるものや

 無礼講で夜遅くまで騒ぐ。

 

 それを節度を守らせる者がいてのはなし。

 都会のように

 人間関係を希薄にすることで

 経済成長している場所では

 節度を守らせる守人はいない!

 

 結果的に自分達の行動によって

 祭り自体(楽しみ)を無くすことになった。

 

 もちろん全てのひとが

 問題行動をするわけではない。

 むかしならどのようにしていたでしょうか?

 

 基本的に祭りの場で騒ぐのは未熟者!

 そしてその未熟者は言葉では変わらない。

 より原始的動物と同じようなもの。

 

 強いものには逆らわない!

 暴力を肯定するつもりもありませんが、

 言葉で自制できると

 思い込んでいるひとは

 その事に気づかない。

 

 なんでも綺麗で

 理路整然と存在する都会にいると、

 その対処法を無くしていく。

f:id:E-SHAO:20190903172814p:plain

綺麗を求め続けると不潔になる

 日本は綺麗にしすぎて

 かえって身体の不調を呼び込んでいる。

 

 こんな話があります。

 普段、清潔な生活をしているひとが

 研究で

 ジャングルや森の奥地にいくと

 普段の不調が無くなる。

 

 毎日顔を洗っていたひとは

 そんな場所にいくと洗う水もない。

 だからしばらく風呂に入ることも

 石けんを使うこともない。

 

 すると、皮膚の表面にいる常在菌が

 自分の寝床を確保するために

 ひとの皮膚を守るようになる。(比喩)

 すると、

 いつもはニキビになったり

 肌荒れが気になっていたのが

 綺麗な肌へと変わっていく!

 

 わたしたちは生きているだけで

 守ってくれる存在がいる。

 

 それは(人と共生している菌達)

 見返りを求めず、

 愚痴も云わず、

 ただ守ることだけにがんばっている。

 

 しかし、自身に気を使わないひとには

 それなりの結果が訪れる!

 

 あなたはどちらに属しますか?

 

 最後まで

 読んでいただき有難うございます。

 これからよろしくお願いします。