人(子ども、社員)を育てる思考力

テストで0点を取った自分でも、1,300冊の本から考える力が貰えた

無駄に悩むひとへ

答えの出ないことは放っておく

 

 ひとが悩むのは、悩む事ができるの脳と暇な時間があるから!

 戦後、多くの家では二世帯、三世帯で生活をしていました。その職業も多種多様で、サラリーマンの割合も高く無かった。だから共働きといっても、当時と現在ではその働き方、時間の使い方は違う。

 そんな中で子どもを何人も育てていたのだから、子どもと関わる時間はとても少なかったことでしょう。そして子どもも親の仕事姿を見ることで、働くということを見て知ることになる。

 

 当時の親達は子どもに十分時間を使うことは出来なかった。だからといってその多くのひと(当時の子ども)が犯罪に走った訳ではありませんね。そして子どもに関わることで高学歴になると考えられている。

 

 しかしそれは幻想。

 

 親との関わり合いは人間関係として良いものであればいい。精神的に楽な状態になれることが子どもがリスクを取る行動に繋がる。こころに余裕が無かった飛び出す勇気を出ませんね。

 

 そして、自分のちからで解決できない(現在)ことに考えるちからを振り向けないことで、いまの自分に何が出来るか?は想像して行動するエレルギーを振り向けることができる。

 

 いま悩んでいることは自力で解決できることでしょうか?

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親は選べないというが・・・

子どもは親を選んでいるらしい

 

 スピリチュアルな世界ではそんなふうに言いますね。そこには何か意味があるのかも知れませんが、親を選んで生まれて来た理由を覚えているひとはいないと思います。

 しかし現世では親の収入や親の関係性で将来が決まる、なんて言われます。

 

 私自身、どちらかと言えばスピリチュアル系の人間。

 それでも子どもの頃の自分が親の影響をどれだけ受けているか?考えることがあります。そして確かに自身に一番近い存在なので興味を持つことだったり、見ていたテレビ番組からの影響があったと思います。(昔は一家に一台しかテレビが無かったので、これからは当てはまらないことがあるでしょう)

 

 しかし、それ以外の時間は学校関係に趣味関係(わたしは武道)のひととに交わりで世界は広がっています。また、ネットのおかげで手に取る機会が無かったであろう書籍を読むようにもなり、これからも自分の世界は広くなりそうに感じます。

 

 これは個人的な意見でしたが、子どもは親の影響を受けるものではありますが、それはいたって限定的で、最も影響を受けるのは親以外の外のひととの関係性からが大きい。

 

 あなたの周りにも友達や先輩などから影響されて、どんどん変わっている友達などを見たことがありませんか?

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敵が優秀だとこちらも助かる

プロ同士だと想像しやすい

 

 シロウトと玄人(プロ)の違いは目の前の事だけでその後の行動を決めないこと。

 

 映画やドラマ、漫画でも見ることができますが、その場の勢いで行動したり、その場で引けば再選の機会もありリベンジが出来るのにその選択をしない。実社会でも株などの金融商品を持っていると、時に損切りすることがあります。シロウトは損をしたくないものだから、「これから上げるだろう!」、「上がるまで持っていよう!!」という考えに陥りがち。そして売るタイミングを逸して大損をする。

 

 これはプロスポーツでも云えます。

 現在のオリンピック選考でも多くはポイント制を取っています。試合ごとにポイントが決められ、そのポイント数でランキングが決まる。ならば無理をしてポイントを稼ぐよりも良い状態を保って、いかに無理な状態を作らずにいられるか!

 攻勢に出られる時には大胆に行動して、そうで無いときは無理をせず、その時の最善を目指す。

 

 本当に死闘を繰り返すのは本命中の本命時のみ!

 

 いくら予選を勝ち上がっても本番で結果を出せなかったらやはり後悔する。

 

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おとなってなんだ?

子どもは苦手なことができる?

 

 子どもは忖度をしない!

 

 もちろん日頃から親や大人の顔色を伺っている子どもは、大人が求める答えを出そうとします。しかし、子どもを子どもとして扱っている場合は子どもは素直な答えを返してくる。

 よく言えば純粋、悪く言えば世間知らず。

 

 江戸時代や幕末に欧米から来たひと達は、日本の子ども達がニコニコしていることにとても感心したそうです。それは大人が子どもを子どもとして接しているからこそ、子どもはそんな育ち方をする。

 洋の東西を問わず、子どもも労働力の一部でした。それは現在のように肥料や栽培法の発展していない時期には、とにかく人手がいる作業ばかりでした。それが産業革命を迎えると、ひと手は機械工にも必要になっていった。そこでも子どもは働き手として使われた。しかも狭い場所や危険な場所での仕事をさせられ、場合によっては殆どの子どもは成人前に亡くなる職場もあった。

 

 そして欧米では子どもへの考え方は、東洋の子どもへの考え方と違った。

 

 どちらが正しいということはありませんが、考え方が違えばその接し方が違っても不思議ではありませんね。

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可能性に形を与えるとお金になる

モノの価値はひとによって違う

 

 一番簡単に考えると、ひとは生きる為に食べる(飲む)。それを満たすために行動をして仲間をつくり、時に冒険をしてきた。いまのわたし達の世界では場所によっては自力で生きることが難しいひとにも手を差しのべている。しかしそれも余裕があればこそ!

 

 ほんの半世紀前まで東南アジアには知られていない部族がいたそうです。そこでは年老いて自力で歩くことが出来ない者は、移動時にはその場に置いていった。

 自然は厳しいものです。ひとりを助ければ助けた者の行動は制限されて、食料を確保する労働力も奪われる。

 それが何世紀も繰り返されれば、それは当たり前のことになる。

 

 わたし達が住んでいる地域、状況で判断すれば、それはどうなの?と考えてしまうでしょうが、彼らが住んでいる地域の状況、その環境などはわたし達とは違う。多くの人間を生かすために(集団の未来)彼らは判断する。

 

 善悪、良い悪いの二元論で考えると答えは出ない。

 線を引いたように善悪がこの線(事、条件など)から決まる!ことになっていない。だから昔の日本のようにそこには淡い境界線が有効に働いていた。

 

 それを是とするかは、それに価値を置くかどうかで決まる。

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差別と区別を使い分けている?

不安な時代は差別が見える化する

 

 日本を挟んで西と東の国で差別やら抑圧なのか?それを国を運営する側が国内の市民に対しておこなっている。お隣の国は数千年の歴史の中で同じようなことを何度も行っているので、その後どうなるのかは歴史が教えている。しかし、それを記した歴史書の多くは時の権力者によって破棄されている。それでも国が変わる時に何が起きたかは大筋は知っている。それが怖いから抑圧をおこなう。

 

 イジメ問題でも同じですが、本当に自信があり強い人間は自分より弱い相手に対して、強さを示したり行動することは無い。自信が無い人間が自分を肯定するため、またプライドを保つために勝てる相手に対して行動する。

 イジメをいじめの範囲で考えている限り、あまり減らないと思います。ちゃんと恐喝なり暴行なり、名誉毀損なり罪状を言い渡して、それはにあることを示しイジメをする側も心理的なアプローチをしてやらないとお互いが不幸になる。

 

 話がそれましたね。

 日本ではお隣のような出来事(東と西ね)はなかなか起こらないと思います。それでも国家とは武力を持ちそれを行使する能力とシステムを持つ組織であることを忘れてはいけません。

 

 アメリカに州兵がいたり、銃器を持つことが比較的許されているのは、国の決定であってもそれに抵抗する権利も持っている、という意思の表れが銃規制を阻んでいる。それが良いか悪いかはその時の情勢次第。

 それでも自分達の正義は自分達で勝ち取るのがあの国の形なのでしょう。

 

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持って生まれたモノを利用する

欲求の多くは生存本能

 

 ソーシャルディスタンスで子どもは学校に行けず、親は業種によって自宅待機か自宅で仕事。これで家にいること(身体を動かさないこと)が苦痛であるか分ったひともいると思います。

 

 私事ですが、学生の時に5週間入院してそのうち3週間を寝たきりで過ごした経験があります。その時の辛さは二度と味わいたくありませんね。それでも少し良かったことはその病院は他の大きな病院に比べて食事が良かったこと!それと退院時にはズボンに両拳が余裕で入るほど痩せたことぐらいです(笑)。

 

 中には家で仕事をしている方が作業能率も上がり、ストレスも少なく快適に仕事ができていたひともいることでしょう。しかしそれには個人差がある。

 YouTubeの動画の中には勉強をしているだけの動画あります。それを流しながら同じように家で勉強をする子ども達がいる。自身を勉強モードにするために、同じように勉強をしている動画を流す。学校であればそれは自然にある環境!

 

 人間が環境に合わせて行動するという本能をうまく利用している。

 

 新型コロナによって遠隔授業が注目されています。中には学校は必要ない。自宅で勉強できる環境を整えてやれば自宅で勉強できるし、教師もより良い先生の授業を受けられるからその方が良いんじゃないか?という声があります。

 そう云う人は周りに誰がいようが勉強ができたひとの話。つまり自分基準で全体を語っている。それが悪いという訳ではない。やはり同じようにそれで問題ない子ども達もいるでしょう。しかし、そんな子は放っておいても勉強をする子。そんな子が成長した大人だけで世の中が回るのであればそれが一番。

 しかし、実際はそうじゃないことを知っているが悪い面しか見えてないからそんな考えになってしまう。

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